My Horizon

絵を描く日々や私の日常をつれづれなるままに、言葉と写真で紡ぎます。

2020.アーカイブ❷/ 私と富士山

翌朝、もう一つの目的地である忍野八海へ。

バスを降り、小さな案内所へ。

地名通り8つの池があるので、窓口のおじさんにどう回ったら良いのかを質問してみた。係りのおじさんは、説明書きの案内を手渡しながら、真剣な表情で丁寧に説明をしてくれた。


富士山へ登る事は、今でも高山病のリスクがあったり、けして安全ではないけれど、大昔は、もっと命懸けの行為だった。そのためかこの忍野八海で禊をしてから、登頂するという習わしがあったとか。


ここは観光地らしい商業エリアもあり、ある一部では、入場料を払わなければならない所もある。
一つのエリアに池が集中しているため、そこへ行ったからといっても忍野八海に行ったことにはならないらしい。"ちゃんとした回り方がある。そこを回ってみますか?"と聞かれ二つ返事で、正式な周り順序を教わった。そして、案内の書かれた紙に黒マジックで無造作に数字を書き入れてくれた。


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スタートは、案内所からだいぶ離れた出口池という場所だった。

道の片側に民家が続いていて明るかったが、もしそこも鬱蒼とした林だったら、一人でくるには少々、気遅れしたかもしれにない。ちょっと暗くやはり厳かな印象があり、ちょっと怖くもあった。とても古い赤い鳥居をくぐって、素朴な佇まいの出口稲荷神社へ参拝。何か得体の知れないものが、ここから放出されて行くようなイメージを感じた。忍野八海の中で一番大きな池である。流れる水のせせらぎの透明感、たなびく水草の揺めきにしばし瞑想に耽るには絶好の場所だった。幸わい、あまり人が来なかった。


次に回ったのが、小さなお釜池。
その水面には幾層にも異なった色彩の青が重なり合い、瑠璃色のさざめきが湧水の小さなこだまをフツフツと響かせながらもその底には小さな魚たちが泳ぎ回っていた。”地球は水でできているんだ!”と改めて思わせるその小さな池の小宇宙に、地球の皮膜をなぞるような感触で目を凝らしながら観察していた。



小川を渡り、池が集中するエリアへ。

昔、洗濯物をここで洗っていたら、消えてなくなった?!という逸話がある底抜池(そこなし池)、縁結びの銚子池、水中洞窟の中から豊かな水が湧き、鯉たちがゆるゆると泳ぐ湧池、小川に続く濁池、水面にくっきりと富士山を映し出す小さな鏡池、そして、菖蒲池でフィニッシュ。

池と対になるように一本の大きな樹木が必ず池の周りに立っていて、池の水に手を浸しつつ、樹木の木肌にも触れながら歩いた。

その間、富士山は、雲に隠れ、顔を覗かせたり、引っ込めてみたり、見る者の気持ちを焦らせながらも雄大な姿でどっしりとそこにあった。忍野村の昔ながらの水車のある古民家を背景にThis is JAPANの風光明美な風景画のようなパノラマそのものだった。

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近くに建っている忍野八海浅間神社へお参りし、最後のチェックポイントの北口本宮・富士浅間神社を目指すことに。


富士山を祀る浅間神社は、全国には1,300社ほどのあるとされ、その多くは富士山麓周辺に集中しているらしい。その中でも歴史の古い富士浅間神社がバスのルート上にあったので、そこへ立ち寄ることにした。

燻した銀色の鳥居の中央に富士山の文字が掲げられた門を潜る。

大変、立派な大木の杉木立と石灯籠が両サイドに並ぶ参道を会釈をして入る。厳かな雰囲気と長い歴史を感じさせるその佇まいは参拝者を敬虔な気持ちへと誘う。


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本殿に入る手前に建つ富士山大鳥居の見事さに圧倒される。
高さ15m以上にもおよぶ木造の鳥居は日本最大級とされているそうだ。


手を洗う、手水舎を取り囲む朱色の建造物の上部には、東西南北の全方向におびただしい白龍の彫像が施され、”龍い過ぎ!”と思うほど、白龍たちがカァッと目を開き、口を開いてた。


朱色の重厚な本殿は新しく改装されてはいたが、やはり厳か。
その中には、金色の階段があり、その上には狩野派日本画のように金色をふんだんにあしらった背景に松などが描かれている観音開きの扉があり、その中には、木花開耶姫命・彦火瓊瓊杵尊大山祇神が祀られているという。

この神社には貴重な木花咲耶姫を描いた絵像も納められているとか。(木花咲耶姫を見ると私は、舞踏家の小山朱鷺子さんを思い浮かべてしまう。)




さらに奥に進むと富士登山吉田口の登山門と名付けれれた鳥居と様々な古い石碑が並ぶ。
富士山という山の御神体に入るべく、並ぶ古い石碑の数々に、そこをどれだけの人たちが通って行ったのだろうかと思わずにはいられなかった。


そして、私が一番、惹かれたのが、登山道に続く道を少し歩いた場所にある大塚丘と言われる祠。小さな丘の上にある小さな祠は、一眼で、かなり古いものだと判るような色味の無い素朴な佇まい。木立の中、自然と共にそこにあり、懐かしくなるようなほっこりするような気持ちになった。
古事記にも登場する日本武尊がこの大塚丘を訪れ、富士山を遥拝したことに端を発し、この場所から浅間神社が建つきっかけになった場所でもあるとか。現在では、その大塚社に日本武尊が祀られているそうだ。

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離れがたい大塚丘を後に神社前のバス停へ向かう。

バスの着く時間を頭の中に入れておいたので少し早く行って待つことに。

しかし、河口湖駅へ向かうバスが待てど暮らせど来ない。上下一車線の狭い道路は夕方の時間帯とも重なりかなりの渋滞だった。


18時出発の高速バスを逃せば後がない。


ヤキモキしながら30分ほど遅れて来たバスに飛び乗ったが、なんとなく違和感を感じた。行けども行けども、なかなか駅に近づかない。富士山へ向かってどんどん近づいていくはずなのに、どんどん遠ざかって行く。


あれ??と思いつつ様子を見ていたが痺れをきらし、運転手さんに尋ねると河口湖駅には行かないと言われ、目の前が真っ白になった。


目的地とは逆方向のバスに乗車してしまったのだ。 


しかし、その運転手さんが『乗せた以上、私にも責任がありますから』と一言。幸いそのバスが私が乗る高速バスと同じ系列のバス会社だったため、運転手さんが機転を利かせ、無線で連絡を取り、帰りの高速バスに乗れるよう取り計らってくれた。高速バスの停まる次のバス停から乗れることになった。

そのバス停へ向かう道すがら、さっきまでずっと雲に隠れて顔を出そうとはしなかった富士山が、そのバスに乗っている間中、西陽を浴びながらずっと寄り添うようについて来てくれた。”大丈夫だよ”と微笑みながら声をかけてもらっているように感じた。

運転手さんが「お土産を買う時間もお手洗いに行く時間もあるから安心して乗っていてくださいね。」と話しかけてくれたのも嬉しかった。

暖かい夕暮れ色の大きな富士山を車窓越しに眺めながら、”守られて生きているんだなぁ”と心底、実感した。ちょっとしたハプニングだったことが好転して、心の中、有り難い気持ちで一杯になった。

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そして、無事、帰りの高速バスの席に座り、夜の帳が降りてくる中、薄ぼんやりと浮かぶ富士山の輪郭を眺めながら、深く、深く安堵した。