My Horizon

絵を描く日々や私の日常をつれづれなるままに、言葉と写真で紡ぎます。

Rockの騎士道〜ポールウェラー

1994年仙台イズミティ21でのポールウェラーのライブを観た。
アグレッシブに弾きまくり、歌いまくる彼の気迫に圧倒されてハートをわしづかみにされた。

いろんなライブに行ったけれど、ダントツ印象的だった。


アンコールで観客がどっと前列へなだれ込み、私も負けじとその中へ駆け込んだ。ステージギリギリで彼を間近で見上げながら、汗だく全身全霊のプレイをし続ける彼にROCK道の求道者のような姿を見た。

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The Jam、スタイルカウンシル、そしてソロ活動と彼が行ってきた一連の音楽の流れは、ブリティッシュロックを大きく牽引してきたと言っても過言ではないと思う。

 

ソロになってもからもそのROCK道への探究がさらに深まっていった。
古き良きR&RやR&Bへのリスペクトの想いを自らの内で昇華しながら、再構築し実験的サウンドへと作り込んでいった。また、イギリスの牧歌的な抒情詩のような楽曲にも一音一音を磨きあげたような旋律があり、まるで音の職人のようだと常々感じていた。
イギリスへは行ったことがないけれど、そんな私にもイギリス特有のイメージの中にいざない、どこか懐かしさを感じさせた。"ただいい曲を作りたい"という熱意が真摯なまでに曲を通じて伝わってくる。

 

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30年ぶりの来仙!!その情報を聞いて、すぐさまチケットを手に入れて去年からその日が来るのを待っていた。

 

2024年2月1日、仙台ピット。

 

すっかりシルバーエイジになった彼だったけれど、衰えも感じさせない見事なパフォーマンスだった。ラフな中にもエッジを効かせた燻銀の光沢ある歌声とギターの音色。

『In to tomorrow』のイントロのリフが流れるとどっと会場が湧き、歓声のどよめきと一緒にあっという間にステージと観客との一体感が生まれた。歓声は止むことがなかった…。
客席も男性客が多く、かつてROCK少年だった人たちもなかなかのナイスミドルな世代になり、それぞれに楽しんでいたようだった。

 

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The Jam時代やStyle council時代の曲も披露するなどファンにはたまらない選曲でもあった。スタ・カン時代の名曲『My Ever Changing Moods』や『shout to the top』を生で聴けるなんて日が来るなんで夢にも思わなかった。
一緒に歌った!生きててよかった!

《2023年LIVE  Style council medley》

https://youtu.be/8djfBOKek20?si=_6ijL42Qf6vezPDq

 

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ギターをかき鳴らし、歌う彼を観ていたら、長年、音楽を通してなにかと闘ってきたギターを抱えた騎士のような印象も受けた。

 

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個人的には、コロナ後初のワンマンライブへ行ったこともあり、踊って、大声で叫んで、歌って、感無量…。

 

音楽っていいなぁって心底思う。
また、ポールウェラーのライブが観たい!

 

彼にハートをわしづかみにされたまんま、
これからも生きていこう。

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#ポールウェラー
#ポールウェラージャパンツアー2024
#paulweller
#paulwellerjapantour2024
#paulwellerlive2024

飛んで、あんでるせん❶〜マトリックスtoあんでるせん〜

だいぶ昔のことだが、いつもは寡黙な男性がそこで起こった出来事を話してくれた時、やたらと興奮しながら饒舌に語っていたのが今も忘れならない・・・。


2017年、はじめて"四次元パーラーあんでるせん"の話を聞いた。「のりこもきっと好きだと思よ」そこへ行った知り合いにもそう言われていた。

場所が長崎県と遠くにありおいそれとは行けない場所だっただけに、その場所はなんとなく頭の片隅に残ったままだった。





去年の秋分頃から不思議なことが起こり始めていた。

夢の中で映画『マトリックス』の登場人物ネオさながらの内容だった。
リアルな世界へ帰るのも公衆電話を使うというありさま。最近、観た映画でもないのに、なんでだろう?!



劇中マトリックスの主人公ネオ(キアヌ・リーブス)はこの世を救う救世主なのではないかという設定。よくアメリカ映画にありがちなヒーロー誕生の筋書きもあると思うが、この映画は何度、観ても真に迫るなにかが折り込まれているようでならないと以前から思っていた。単純に今観ても面白く、よくできた映画だと思う。


そんな夢から目覚めて妙にリアルな体感のような感触だけが強く残って、一体これは??とぼんやりとその余韻に浸った。
自分が救世主になるなんてことはありえないし関心もないけれど、人間の中で使っていない領域があるってことにはものすごく関心がある。いわゆる超意識や超能力というものに。


そして、久々にこの映画を観てみた。
その後、なぜか異常な眠気に襲われて2日間にわたり13時間、17時間眠り続けた。あぁ、よく眠ったぁ〜〜。



また、別な日に、YouTubeを見ている時、『マトリックス』(1のみ)の映画についての解説があり、興味深く見入った。
その動画でもあの映画の中にはかなり隠されたメッセージが織り込まれているとの話で、観ていてまたゾクゾクしてしまった。

https://youtu.be/VO6vUf5__2I?si=jtGGh3hK4DfGdQee


その後、友達が家に遊びに来た。
私が見た夢の話をしたところ、その友達が昔、アメリカの聖地と言われる場所でヒーラーから「映画『マトリックス』を何度も観た方がいい」と言われたことがあったというではないか・・・・!!

いや、はや、この流れは一体?!

その後、二人でマトリックスを観たのは言うまでもない。


この映画をくり返し観ていると、虚と実の世界のことや近未来のこと、さらに人間の中に宿っている神秘的な力の領域について思いを馳せざるを得ない。
そして漠然と、”もしかしてこういう時代(超意識の開かれる時代)になってゆくんじゃないのか?!”という予感めいた気持ちがムクムクと湧いてきてしまった。


折しも知り合いから遠路はるばる長崎まで行き、四次元パーラーあんでるせんでの不思議体験談を聞く機会にも恵まれ、興味津々になった。
私も行ってみようかなぁという気持ちが少しずつ強まり始めていた。

Zorba The Buddha〜真夏のARTの祝宴と即興の日々〜

長い長い8月だった。
容赦なく、暑く、暑く。
そして、熱い、熱い日々だった。



今年、久々の新作を交えたグループ展『Zorba The Buddha 〜この森は、あわいIN LOVE無限大〜』に参加。
2021年5月に天国に旅立った歌人・舞踏家、そして現代アートに深い関わりを持っていた小山朱鷺子さん。
生前、朱鷺子さんがつないでくれたご縁の6人のメンバーたちとの展覧会だった。

今回の展覧会のタイトル"Zorba The Buddha"。
それは和尚タロットカードの中にあった一枚のカードの名前だった。

ゾルバ(あくなき欲望を探求する者)/ ブッダ(聖なる悟りを探求する者)。この相対する側面をあわせ持つ存在としての人間。その二元性のカオスさえも超越して、統合した”人間としてのゾルバザブッダ”というイメージを設定してみた。




タイトルが決まって、7月に入ってから始めた久々の制作。

何ができるかなぁと正直、不安もあったけれど、いざ、手を動かし始めれば、物づくりのたのしさが身体の奥からムクムクと起き上がってくるのを感じた。ほんと、好きね、あなたと自分にツッコミを入れたくなるほど、久々の感覚に笑った。



旧作を出すことも予定に入れていたので、少し気が楽でもあった。
自分の中のゾルバザブッダって、どんなんだろう?!と思いながらも、自然に任せて手を動かした。

長いこと製作していなかったので、まるでリハビリみたいな気持ちもあった。久々の制作だもん、無理はしない!と心に決めた。




以前、沖縄に行った時に偶然、行った御嶽の前に映り込んできたオーブという光の現象からヒントを得て、妖精のような人型の”よりしろ”を作ることを思いついた。

作品作りというより、実験に近いという感じてもあった。稚拙でもいいから続けていく先に見えてくるものがあればいいと・・・。




8月に入ってからもすごい酷暑で汗だくの毎日。アトリエの冷房は窓だけの状態で、首にタオルを巻きながらの制作。相変わらず熱い番茶をガブ飲みし、ボ〜〜ッとしながらも集中していた。

『宇宙と私』という2004年の初個展で作った舞台装置みたいな作品と黒く塗った100号のキャンバスを組み合わせた作品だけを展示しようと思いながらも、何が足りない・・・と思いつつ、それがなんなのかわからなかった…。

しかし、搬入日も迫ってきた中、ふっと浮かんできたのがアンクという古代十字の形だった。



一昨年、ドキュメント映画『ピラミッド・5000年の嘘』という作品を観た。観ていたその日が偶然にも秋分だったこともあり、映画の内容ともリンクして、鳥肌がたった。それからというもの妙にエジプトが気になっていた。そんな中、身近にエジプトに行った人の話を聞く機会にも恵まれた。とても不思議な話をたくさん聞いた。

さらに今年、3月の春分の日にZOOMのワークショップに参加した時、エジプトからの生中継で6時間ほどの神秘的スピリチュアル・ワークを受けた。エジプトの磁場が強過ぎたのか?途中で眠くてたまらなくなり、横になって即、寝落ち・・・。気がついたらワークショップは、終わりの頃だった…。しかし、これも立派な浄化作用なのだ!と開き直り、アーカイブでワークをやり直すことに。



私は、初個展以来、長い間、人型としての十字というものを作ってきた。
魂を地上におろす錨(アンカー)としての人型を十字として仮定してきた。
3月に受けたエジプトからのワークショップで何度か見かけたアンクという古代十字がなんとなく頭から離れなくなっていた。

その意味を調べてみると、所説あるが、"死と生をつなぐ鍵"という意味があるということで、自分が感じてることにも近いと思った。そして、女性性のシンボルでもある。

作りたいけど、シンメトリーって難しそうと思いながらも、もうそれしかない!という気持ちも強まってきた。

さて、材料は何で作ろうか・・・??

家にあるもの限定で考えて、なんとかかんとかこしらえましたとも!聖なるMYアンクを!これも立派な”よりしろ”になると設定して!



そして搬入日!
つなぎを着込んでの美術館入り。
久々にリアルで会うゾルバザブッダのメンバーたちと挨拶して、各々の場所で黙々と作業し始めた。

一階は、大量の竹と杉でむせ返るような野生の匂いがギャラリーに充満し、すでに森感が半端なかった。
自然のエネルギーを胸いっぱいに吸い込んで二階へ上がった。


連日、レイアウトを変えたり、細々した作業が続いた。



そして、日が落ちると連日、パフォーマンスの時間になった。

始めはライブ配信動画を撮る係として自分がいると思っていたのだが、撮影中、ある瞬間、なぜか無性に声を出したくてたまらなくなってしまった。喉元まで声が出かかっている。その衝動をグッと飲み込み・・・。カメラを持っているから集中しなきゃ!でも・・・!!そんな小さな問答があった後、一瞬、「クッ!」という声が漏れてしまった。けれど、あまりにも短い声だったので誰にも気づかれないと思っていたら、終了後、メンバーから声出てでしょ!とズバリ言われて、笑ってしまった。はい、出ましたとも!堪えきれないほど、何かに反応してしまいましたと!もうこれは生理的なものとしか言いようがないほどだった。


その後、声で参加してとお声がかかり、これもなにかのお導きと参加してみることに。


その日を境に私は声が出したくなったり、何か音を出したくなったら出そうということを自分に許可した。その場の雰囲気や流れで自然と湧いてきた感覚を止めないことが大切なのでないかと思ったのだ。

また、他の日には、今日は声を出したくないなぁと思いながらもちょっと無理してしまうと周りとズレズレになってしまうという体験もした。やっぱりそうなんだっ!
無理は禁物なんだって、確認させられたというか。

これはすべての日常のことに言えることだねって妙に納得したりして…。



連日連夜の即興に次ぐ即興。

ゾルバザブッダのメンバーで長年、舞台上でパフォーマンスをしてきた大串孝二さんや俳優のシブタニクミコさんを見ていると本当に静と動、緩急の付け方、声の出し方、リズムの取り方、間の取り方、立ち振る舞いに圧倒された。動きを導いたり誘導しながら相手の動きを引き出すような、気持ちを開かせるような流れを生み出す力。化学反応ってこういうことなんだって。それが見事だった。そしてそれがすべて即興だったのだから!この醍醐味といったら!!



あの世とこの世が近づく季節。
その二つの世界をつなぐ芸術的空間を作り出すことができたと感じた。




〜この森は、あわいIN LOVE無限大〜


この展覧会のサブタイトルは、ゾルバダブッダのメンバーが出したことばを組み合わせたものだった。


ギャラリーに自分たちの”森”を作ること。
あの世とこの世、そして現世を生きる人々をつなげている”あわい”という有機的な関係性としての空間。
自分自身に"IN LOVE”しているいう尊い感覚。
それが展示にもパフォーマンスにもにじみ出ていたんじゃないかと思う。


点在する6つの異なる惑星が形作った六芒星と古代十字で完結した展覧会。

信頼と愛とやさしさに包まれながら・・・。

まだ、こころでこだましているものがある。



・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


展覧会に来場されたみなさまに
こころからの感謝を込めて☆彡

・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*


Zorba The Buddhaの展覧会にいらしてくださった美術評論家志賀信夫さんのYouTubeチャンネルにて、Zorba The Buddhaの8/12のパフォーマンスの模様がUPされています。

宜しかったら、どうぞご覧ください。


❶大串孝二+遠藤園子(クリスタルボウル)+シブタニクミコ+髙橋典子(Voice)
https://youtu.be/_jVPePTrdUg?si=e9T2-tKUA-0QIjPm

❷大串孝二+千葉郁子(舞踏家)
+髙橋典子(Voice)
https://youtu.be/nw0u97FJyls?si=gXEMSf9G1WPA-hHE

❸大串孝二ソロパフォーマンス
https://youtu.be/u-GKY3IDbA0?si=x912ZFSHtkEsaAA5

❹Zorba The Buddha展示&中本誠司現代美術館
https://youtu.be/AYwC75L6ldA?si=yOvnCqJ-eV-ab5B6

再 開

ご無沙汰してます。

久々のブログです。

ものすごく休んでいました。

ありえないほど養生し、眠ったり、半身浴したり、冷え取りしたり、ゴロゴロぼ〜〜っとしていました。のんびり好きなことだけしてたというか。

それは、今も続いているのですが…。

また、少しずつブログを再開してゆきたいと思います。

 

 

2022年の3月の地震でのショックを綴った後、下書きにいろいろと書きためていたけれど、まとめる気になれず、伝える気にもなれず、誰に伝えたいのかさえわからなくなったというか…。

 

でも、自分自身の備忘録として、日記として、やっぱり綴るという行為はあると感じていました。

小さな頃からの記録魔。

時が来たら自然とまた、書き始めると思っていたから、少し休むのも悪くないと…。

 

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休んでいて感じたのは、自分自身の感覚が変化してきていることでした。

 

これは、変化というより、今までおぼろげに感じていながらも、実証できなかったような感覚なのかもしれせん。"ある"とはうっすらわかっていたけれど、眠っていた感覚。それはまた、開いてはいけないと思い込んでいた感覚でもありました。その感覚が大切なのだと確信するような出来事が少しづつ起こり始めました。

 

 

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その皮切りは、一冊の本との出会いでした。

 

『大変換期の後 皇の時代』『天縄文理論』を書かれた小山内洋子さんとの出会いは、私を全肯定するようなきっかけになりました。若い頃、考えていたり、感じていたことが、正しかったんだ!!と両手をあげて叫び出したくなるような歓喜で胸がいっぱいになりました。そして、なぜか突き上げてくるように笑い止まらなくなりました。

 

 

すぐさまお話会へ予約し、銀座のとある会場へ。

 

沈黙の中、豪華な明治座の幕の内弁当を食べた後に始まったお話会。一人一人、皇の時代を読んで感銘を受けたこと。その人の人生を語りながら、小山内洋子さんのアドバイスを受け取っていました。

 

私も皇の時代的な人間のまま、昭和時代に生まれて、もまれて深く傷付き、引きこもり、自分を守ることで精一杯の時間を過ごしてきたことを語りました。

 

 

 

"自然があなたを守る。"

 

私の創作ノートに閃いて書いていた言葉が、この本にも載っていて、ゾクゾクした気持ち。

 

また、自分は動物のように(猫のように)ひっそりと誰にも見られずに死んでゆきたいと思っていたら、この本の中に、将来、人間も動物のように死んでゆくということも書いてあり、また、共鳴してしまったこともお伝えしました。

 

エムエムブックスの服部みれいさんに小山内洋子さんの本を伝えた強運の持ち主のMさんにもお会いできて、彼女の話を聞きしながら、"想念は現実化する時代"に入ったことをさらに感じました。

 

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2500年周期で昼の時代と夜の時代が交互に変わる宇宙のシステム。今までの夜の時代が終焉し、昼の時代へシフトしている変換期の時代を生きている私たち。

 

忙しくしていたら、矢のようにあの世へまっしぐら。それはそれでいいのかもしれませんが、のんびりボーっとしていることが、大変換期の過ごした方のようです。

 

今まで閉じていた感覚を開いてゆくことだけにフォーカスしていれば。自分の意識を"今ここ"にフォーカスしていれば、おのずと答えは返ってくるのかもしれません。

 

解決しようととしなくとも、おのずと、

自然が教えてくれる、助けてくれる。

そんな感覚を大切にしているところです。

 

 

 

#皇の時代

#天縄文理論

#小山内洋子

#今ここ

 

 

 

断捨離〜揺れた後で思うこと

断捨離、続行中。
そう、それはなかなか終わらないもの。

清掃センターへも6回目。


不用品の搬入は、降ろしてしまうと呆気なく終わるのだが、車一杯に荷物を運んで行くまでが大変な労力。
ちょっと億劫な作業で、「よしっ!!」と思った時に行かないと永遠に行けないくらいタイミングを逃していしまいそうになる。

地震前から続いている作業だったけれど、地震でハッキリと手放すものが見えてきて、今まで躊躇していたものにも切り込んでいくように細かくリサイクルできるように分別する過程に移った。


その中でも観音開きの押し入れの奥に眠っていた七段飾りの雛人形にはなかなか触れられずにいた。

祖父母の思い、
両親の思い、
思いが相当に重い。


何年も飾っておらず、
実際、嫁にも行かず
気ままな一人を満喫(笑)

なんとなく雛人形の備品を触っていると感じた事があった。
これは、実際、母にとって大切なものだったのではないだろうかとふと思った。


母の願いを叶えてあげられなかったことへの負い目がだいぶ私の中でくすぶっていた。
母の期待に応えてあげられなかった事は、時として私の罪悪感になったりもして・・・。

母が亡くなってから、自分から雛人形を飾ろうとは一度も思わなかった。
雛人形を見るとなんとなく私の中で罪悪感を感じてしまうような気がして、
押入れの奥に押し込んで、そこには触れないようにしてきたのかもしれない。


開かずの間。
それは心の中にもある。


そこに触れていく作業が物理的にも始まったといってもいい。
かなり捨ててはいるつもりだけれど、まだ、終わっていない。
そこには触れたくない過去があるのかもしれないけれど、いつか対峙しなければいけない場所でもある。

だけどね、いろいろあるけど、私はこれでも幸せだと思っている。
一つ一つ手放して行く事が、私自身を生きることにも確実に繋がっていると思うから、だから、ありがとうと言って、手放してゆこうと思う。
家にあるものみんな背負って歩いては行けないからね。
記憶の中にあれば充分だよね。
自分の今後の幸せに続いている道程のような気もする。

だから許してね
じいちゃん、
ばぁちゃん、
お父さん、
お母さん、
いろんなものを与えてくれて”ありがとう”と伝えながら。


しっかり感謝とお別れを告げて、空間を整えて行く作業が、今の家に対して私なりにできる事だと思う。


地震があって、壊れたところもたくさんあるけど、
すっごく疲れ果てて、お先真っ暗で、あまりにも続く余震に、辛くて、もうイヤ!!と叫びたくもなったけれど。


もう一方で、少し落ち着いた夜に、
こんな気持ちも湧いてきた。


私ってある意味、幸せなんじゃないのか?って。

激しく物理的に揺さぶられて、
動く地面の振動を全身でめいいっぱい感じて、
より明確に物事がクリアに見えるようになって、
ハッと目が覚めるような自分をリアルに感じていた。

それは、よりクリアに自分の人生を選択して行くために起こっていることでもあるんじゃないかとも…。
この地震は、とっても怖かったけれど、自然からの”激し目のメッセージ"でもあるんじゃないかとすら思った。

地震が起こった事で、いろいろとやらなければならなくなったことも増えたけれど、
時間をかけてやってゆけば、きっと現状は良くなると思う。

ゆっくり、
無理せず、
マイペースに、
コツコツと・・・。



人生は、何をするにもいつもコツコツが基本だね。

・゜゚・*:.。..。.:*・' .。.:*・゜゚・*

断捨離中によく聴く藤井 風くんの曲。

特にこの曲を聴いていると何度も込み上げてきちゃう…。

この世を去る人と
この世に残る人の気持ちが
交差する曲。

『帰ろう』
藤井 風
https://youtu.be/goU1Ei8I8uk

手放して、身軽になれ!

やっと少し落ち着いてきた。

3.16深夜の地震

1度目、飛び起きて、様子を見て、トイレへ。
2度目、トイレを出た瞬間、うずくまった。

震える身体、
家の心配…。

落ち着いて2階に上がったら、廊下が完全に作品で塞がっていて通れない。寝床のドアが開けられない状態だった。アトリエは、開いていたけれど電気が付かなかなくなっていた…。

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翌朝、朝日に照らされたアトリエで、言葉を失くした…。

天井の電気は吹き飛び根本からぶっちぎれ破損…。

メディチも割れていた…。

寝床も大きな作品や木材で通ることが出来なくなっていた。

この地震は、私にとって完全にこんなことを告げていた。

"余計な物は処分し、身軽になっておきなさい!"

 

 

体調が悪くて、2020年から、2階の片付けがほとんど手付かずだったから、意を決して、倉庫のような寝床の作品を広い部屋へ一旦移し始めている。

まぁ、出てくるは、出てくるは…。
なんなん?って思うほどの木材と紙の山と木枠、額、キャンバス布…‼︎
ここは、私にとっての宝の山だったけれど…、もう違う。ほとんどが不用品なんだ。

地震前までは、取捨選択もぜんぜん働かなかったのに、地震の後は、何が必要で不用なのかが、すぐにわかるようになった!

今回の地震で、物が凶器に変わることを再認識した…。

正直、身の危険を感じた。

 

 

そして、片付けの合間に久々にコーヒーを淹れて飲んだ。
そしたら、はらはらと涙が流れて止まらなくなってしまった…。

『怖かったぁ…』

とやっと感じることができた。

そんな気持ちをしっかりと受け止めて、感じた。

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今年は本気で自分の環境を選び、整えていく年になると思う。

めくるめく変化だけれど、性根を据えて、動物みたいに勘を働かせながら、行動したり、移動したりしていくことになると思う。

思考より、感覚。
損得など捨て、回り道しても必要な方向へ進もうと思う。

いつも地震は、目を覚まさせてくれる。

意味があって起こっていること。
人も地球も有機的に繋がりあっていての結果だから。

受け止めながら、味わう。

そして、執着も捨てて、コツコツ物とお別れしてゆこう❗️

身軽になって、風に乗ろう🍃

さっ!断捨離、断捨離❗️❗️

カミングアウトのような休止符

お元気ですか?

ご無沙汰しています。

 

今日はお伝えしたい事があり久々にブログ更新です。

 

*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

2004年から始めてきた個展活動。

一年おきにやってきた初めの10年間。

 

2012年を機に、個展、グループ展、公募展、公開制作、海外遠征等・・等々、

縁あってさまざまなな場所や地域で行わせていただきました。

このブログを始めた2016年は特に恵まれた一年でもありました。

怒涛のようにパリ、アルメニア、仙台とグループ展や個展、新聞の連載などをこなしながら、駆け抜けた記憶をひたすらこのブログに綴ってきたことも懐かしく思い出されます。

しかしながら、2017年頃からかなぁ…、

少しづつ、なにか根本に立ち返ってインプットしてみた方がいいんじゃないかとと感じ始めたのは…。

それでもお声がけしていただいた展覧会は、積極的に参加してきました。

そして、父親の終末期と個展準備とアルバイトに追われた2年間。

2020年の年末まで、ダ〜〜ッと走り抜けた感じでもありました。

 

美術でも様々な世界があって、いろんな場所や美術に関わる人たちとの出会いがありました。

この10年を振り返ってみても本当にいろんなことがあって、一言では言い表せないほど悲喜交々の出来事がありました…。

 

2021年や今年初めにも表立った活動があって、普段はご縁の無いような場所で開催された展覧会にも参加できる機会をいただくことができました。

 

出会いにも恵まれて、さまざまな方々から支えられて活動できたように思います。

今、振り返っても有り難いという気持ちで一杯です。

 

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去年、右手を痛めひどい腱鞘炎になってしまいました。

 

肝心要の右手。

 

なにをするにも利き手だけに、いろいろと苦労しました。

ペンが持てない

車の運転

鍵を回す時にもかなり痛んだり

包丁も使えず、キッチンバサミや切らずに何とかするとか、工夫しながら何とか日常生活を営んできました。

 

だいぶ良くなってきたのですが、絵筆を握るにはまだまだ時間が必要に思います。

 

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去年、ブログでも書きましたが、展覧会が一つ中止になり、もう一つの展覧会も延期になりました。

 

そして、去年は私にとって芸術の恩人のような人が、立て続けにこの世を去りました…。あまりに突然過ぎて、言葉も出ないほど衝撃を受けました。

 

 

2002年から絵を本格的に学び始め、2004年から個展活動を開始。

2011年の震災後から、絵の教室から自立して活動を始めたことも私の中で大きなことでした。

 

自分の展覧会以外は、絵の師でもある先生には、ほとんど会うこともなく、すべて自分の責任で決めてきた10年間でもありました。

 

思い返せば、引きこもりの10代で独学で始めた絵を描く行為。

もともと人に習うことに抵抗があった20代。

しかし、少し手解きを受けないと乗り越えられない壁があるように思えて、ある方のアトリエを訪れたことをきっかけに、出入りを始めた絵の教室。

30代でのめり込んでいった美術の世界。

そして、美術三昧の日々の40代を過ごしました。

 

美術の世界でも公募展など、競い合うような展覧会もありますが、なるべくそういう場は避け、自由な展覧会を選んで参加してきました。

そして、いわゆる固定した団体と呼ばれるグループ的なものにも参加しないできたのも、そういったものに疑問を感じていたからでもありました。

 

私は、小さな頃から、競争が苦手でした。

そして、群れることも苦手。

できればそう言ったのもをあえて避けて、”もっと自分なりに独創的に生きることはできないものか?”といつも試行錯誤してきたように思います。

 

しかし、どこまで行ってもピラミッド型の世界が目の前にあり、避けて通っていたつもりでも、気がつけば、この10年、そういった世界に絡め取られていた部分もあったのだと思います。少なからず影響を受けていたのだと。

 

心の中で”立ち止まってみたら?”という声を聴いていながら、活動を続けることから降りられなくなっていた自分がいました。

 

そんな気持ちに気付き、感じ始めた振り払えない心の虚しさ…。枯渇している自分…。

 

右手が利かなくなって、考える時間ができた時、さまざまな気持ちが浮上してきました。

ただ突き進むことに意味を見出せなくなったと感じている自分に気がつきました。

 

いつの間にか”作家や画家”と呼ばれるようになって、

いつの間にかその”肩書き”という衣を背負っている自分を感じていました。

それは、次第に湿度を含み余計な欲をはらんで、重たくなってゆくのを感じていました。そして、こうではなくてはならないと自分自身をその型にはめるようにいつの間にかなっていったように思うのです。

 

 

去年、芸術に関わる恩人が亡くなって、その生き方を振り返った時、その後ろ姿が何度も思い起こされました。

 

その人達と自分は、まったく違った人間だけれど、なにか受け継いできている要素があるように思います。

そんな中で浮かんできた言葉、

謙虚さ

誠実さ

正直さ

真善美

 

なんの肩書きもなく、なにものかになろうとしないと思った時、そのまんま存在している自分でも、それだけでも十分だと思う気持ちに立ち返ってみることが、やっとできたのかもしれない。

フラットな地平に辿り着いたという見かたもできるかもしれません。

 

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しばらくの間、絵の活動をお休みしたいと思います。

今年7月に予定していた個展も中止にすることにしました。

 

 

タイミングが合って、自分が心からやってみたいと思う時が来たら、自然とその中で動き出す時が来るまで、待ってみようと思っています。

 

それが小休止になるのか、長いお休みになるのかはまったくわかりませんが・・・。

自分のフィーリングを大事にしながら、ゆっくりのんびりマイペースに過ごしてゆきたいと思っています。

 

このような心境に行き着いた私ですが、

今後もよろしくお願い致します。

 

 

 

今の私に寄り添ってくれるような大切な曲。

Tokyo blue weeps

『Ascending Light』

https://youtu.be/LPlhnqXLiS4