一つの場所に居ると煮詰まる自分がいる。
だんだん動けなくなって、心まで頑なになってしまう。
硬く硬く、感性が閉じてゆくのを感じる…。
そんな時は、思い切って、旅に出てしまう。
安価で小さな旅でも、だいぶ気持ちが軽くなる。
関東方面へ走る深夜バスに乗り込んだ。
いつもとは違う初めてのバスルート。
満員の車内だったが、終点までの客は、私1人。
終点までの道のりで、車窓から、時折、富士山の頭がひょっこり顔を覗かせていた。こんなに近くでこの山を見るのは初めてだった。カメラを向けると、もうその山の頂は、顔を見せてはくれなかった…。
知り合いの家にお世話になり、偶然にも、もう一人の友達の家がそこから近いことに気づき、ダメもとで連絡してみた。
その日はちょうどお休みで会うことに。
すぐさま会おう!という話になった。
ちょっとボリュームのあるお肉系のランチをしてから、百貨店のベンチでおしゃべり。
しゃべれどもしゃべれども、話はたえない。
彼女と出会ってから、かれこれ20年の年月を重ねていた。わぁ〜もうそんなになるんだねと笑い合う。
昨日別れて、今日、また、会うようなブランクが全く感じないのは、LINEのおかげだけではないと思う。
心にたっぷりの栄養をもらった。
旅の事は、このブログを始めてから、折に触れ書いている。
私は、ノンフィクションを読むことが好きなので、旅の紀行文などは、特に好んで読んでいた。
そして、旅と言えばこの人!という
憧れの人に会える機会を得た。
沢木耕太郎さん。
ルポルタージュから、エッセイ、そして小説まで幅広く描く作家である。
彼の代表作「深夜特急」シリーズは、自身のバックパッカーとしての旅の記録がおさめられている。この本を読んで、”青年は荒野をめざす”よろしく、旅へ駆り立てられる人たちは今も後を絶たない。
開場前、ちょっと小さめの青いエプロンが可愛らしい、たぶん地元の書店員のおじさんが「サイン会がありますよ!」と教えてくれたので、講演会前から本を買い求めた。
会場は幅広い年齢層で満員。
「講演会はめったにやらないんですけど…」
と話し始める。
70歳を迎えたという沢木さんだが、肌ツヤもよく、昔と変わらない好奇心旺盛な永遠の青年のような佇まいのまま。そして、さわやかな笑顔と…。
本の中でしか知らなかったその飾らない人柄に直に触れ、嬉しさがこみあげる。
「僕は、塩釜にずっと来たかったんです。」
まだ、駆け出しの頃、その時代の若き志士たちの人物像を描く「若き実力者」という連載が始まった。最初に会いたいと思ったのが、宮城県塩釜市出身の将棋棋士・中原 誠さんだったという。本当なら塩釜まで取材に来て、中原さんの生まれた場所を訪れて文章を書きたかったのだが、取材費がなく、中原さんの実家に電話取材するのが精いっぱいだったという。
文章の中にリアリティを求めることをポリシーとしている沢木さんにとって、塩釜という場所は、いつか行くべき場所として、長年、想いがあったという。
彼の文章がとても好きだ。
心にいつも風が吹いているような
そんな人だと感じていた。
そして、とっても好奇心が強く、思いついた事は、すぐ実行してしまう行動力には、目を見張るものがある。
その後もご縁のあった作家人との交友話や旅の話と続き、楽しい時間はあっという間に過ぎた。
その後のサイン会。
列に並んでいる人に何気なく声をかけた。
沢木さんが好きで、旅や本好きな人達。
短い会話の中にも思わず熱が入る。そんな些細なやりとりを楽しみながら、自分の番を待つ。ドキドキして、手のひらが汗ばむのを感じ、何度もコートで自分の手を拭いてしまった。
買求めた本とこの講演会のチケットを栞にしようと思い、その裏面にもサインしてもらおうと思いついた。それを愛読している「深夜特急」や「旅する力〜深夜特急ノート」に挿んで、旅のお守りにしたいと思った。
前列では、バックパッカーの旅話に花が咲いたりしていて、盛り上がったりしていた。
自分の番になって、ドキドキしながら、「今日は、ありがとうございました…」としか、言葉にならなかった…。
笑顔で握手を交わす。
「また、何処かでお会いましょう!」
と一人一人に声をかけていた。
それが旅人ならではの生きた言葉のように感じた。
沢木さんが栞に書いてくれた文字。
お守りのような言葉…。
一生大事にしたい。